勝敗にこだわり社会が「サル化」  人間社会の鏡か?


少し前になりますが
9月28日東京新聞「あの人に迫る」
インタビュー記事がありました。

霊長類のゴリラを研究してきた
京大学長に就任する
山極 寿一教授の話

~~~~~~~~~~~~~~~~~~
大学は今、国際競争の中で短期に成果を出す
経済性ばかりが重視され、京大もあくせくとした
空気に覆われています。
人間とは何かじっくりと考える・・・・

(記者・森 耕一)

以下にエッセンスを紹介します。
~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

ゴリラが胸を叩いくドラミングは
宣戦布告ではなく
二つの意味がある
手のひらで叩いて自己主張
自己主張しているけれど
仲介者が来てくれれば
矛を収める。

2者間で収拾がつかない事態に、間に入ってくれる
仲裁者が必要だから群れをつくる

ニホンザルは強い弱いを決めて、
弱者が強者に譲れば争いは起きないが
ゴリラは負けないし、強い弱いを決めない。


「『サル化』する人間社会」という本の中で
人間は社会はゴリラに似た部分があったのに

ニホンザルの方に近き、勝者にこだわるようになりました。
その方がトラブルが長引かなくて時間がかからず経済的だからです。


人間は本来「勝ちたいのではなく」
「負けず嫌いなのです」
負けないという思想のゴールは、
相手と対等になることでゴリラと同じです。


勝つことは相手を屈服させるから
恨みが残り、相手は離れていく。



本来人間は勝敗を先送りして
対等な関係を保ってきたのでは。
経済優先より社会が重要と言いたいのです。



サルは自分の利益を最大化するために集団をつくり


人間は社会や集団のために何かしたいと思えることで
幸福感がいろんな行動に駆り立ててきました。

今は人間も自分の利益を増やしてくれる
仲間を選び、それが出来なくなればいらないと捨てていく。


ゴリラの群れは10頭前後で、共振集団と言いますが
人間の家族、スポーツチームがこれにあたります。
癖・性格を心得ているので、声かけをしても
言葉がいらなくて、目配せで理解できる。

家族や家族のように親しく接している人との
共振集団があることで、安らぎや幸福感を得ているのではと。



日本人はどんどん海外に出ていってほしいし
海外からもどんどん日本に来てほしい
学問に国境はないのです。


海外と戦うなんて意識を持たず
きちんと交流をして
日本と外国という対立関係をもたない
交際人になってほしい。


最後に、
 「本来人間は勝敗を先送りして、対等な関係を
  保ってきたのではないか、
  経済より社会が重要だと言いたいのです。」

   山極 寿一教授

~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

この記事を読んでみて
御嶽山の噴火惨事の報道で、
観光シーズンで入山規制に躊躇したというコメントを聞いた。

いつ何時でも、経済経済と真っ先に口にする人たちには
地球という自然の中で「人間」という生物が存在しているのではなく
人間のために「地球」が存在しているいう奢りがあるのではないかと
思いました。

 
福島原発事故原因も、地震・津波・原因はどちらでも関係なく
自然が起す行動後に、人間が対処出来ないという事が
いつも抜け落ちているから、違和感があり、そこに経済優先という
言葉が飛び交う。


どんなに頑張っても、地球上の資源しか
人間は加工できないという事実。



分けあうという考えがあれば
武力での紛争は大きく減るのですが
自分の利益のために(国家と言う名で)
資源の取り合いを力で行う事が
いまだに続いている。

考えさせられました。



にほんブログ村 政治ブログ 政治・社会問題へ
お邪魔でなければ広めてください

"勝敗にこだわり社会が「サル化」  人間社会の鏡か?" へのコメントを書く

お名前
メールアドレス
ホームページアドレス
コメント

※ブログオーナーが承認したコメントのみ表示されます。