負の遺産を語れない日本人、のこす勇気を持とう



消すことで、なかったことにする。

消す事大好き

1995年9月17日
6千人の方が亡くなる

阪神淡路大震災神戸に限らず一面が焼け野原
ビルは倒れ、鉄道は麻痺し、高架高速道路は倒壊

再興に向かった街は、昔の面影もなく
隣近所近くで人間の営みが息づいていいた街は
コンクリートの壁の街に変わり、みためは、
「きれいだね」と言われるが、中身のない街に
人は生活することが、ただ息しているだけの街になってしまった。


あれから24年、今年も当時を思い出し
自然災害の怖さを伝えなければと行事が行われるが、
街の姿は、当時を想像想起させる物体は何もない。
今更ながら、少しは、倒壊した高速道路
液状化した道路の一部でも残しておけばと悔やまれるが後の祭り。


2011年3月11日大震災と津波。
死者1万5893人、行方不明者2553人
(2017年3月10日時点)という甚大な被害を出した。
(ウキより)
災害後の映像写真は船が陸地に
陸地にかろうじて残った建造物は鉄筋の建物
多くの人が避難した場所でもある。

この場所より浜辺寄りには、家を建てるべからずという
昔の先人たちの知恵である教訓の石碑がむなしく遺っている。
数百年もたてば石碑の意味も解らず気にもしない日常が続くことは
今の時代なら容易に想像できるのだろうと思っていたら、
違うらしい。

悲惨な目にあった、近親者が、知り合いが、そして自分自身が。
この建造物を目にするたびに、当時の恐怖と悲しさが思い出される
だから、全てを消し去りたいという思い。
目に見ええるものは消えても、
自身が消滅しないと記憶は消えない。

悲惨な出来事を教訓に後世に残すことの困難さは理解できるが
目の前に、悲惨な状況を語らずに表現できる物を視ることで
当時の状況を伝える事が出来ると考えると。
なにかも無くしてしまう事が復興なら
再建、復興が進む東北地方は神戸と同じ道を歩むのかもしれない。

歴史も同じことである。
安倍が声高に言った
「昔の行いをいつまでも引きずることは出来ない」
この真意は、戦争侵略の歴史をいつまでも謝ることはしない
全て消してしまう、何事もなかったことにするという意味。
多くの安倍信者は喜んだ、負の側面はなかったことにするが
都合のよい解釈はそのままいつまでも残しておく。

隣の国、中国、朝鮮半島、残念ながら朝鮮半島は分断された
しかし、占領し植民地した事実は変わらないそれを認めようとしないから
軋轢がいつの時代までも起こるという謙虚さが足りない。
今でも、朝鮮、中国を日本の下にみる人が後を絶たない。
負の遺産も含めて知る努力をしなければ
負の連鎖は断ち切れないだろう。

負の遺産を認めない政権安倍。
この6年間、ひたすら独裁政治にむかって進んでいる
今年は、この歩みを止める年である。

出来ることで行動する。


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