69年目の夏 「終戦・敗戦」戦争責任という言葉がない日本



1945年8月15日
 全国民をラジオの前に集め
神である天皇が発する玉音放送の一節です。

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(幾度となく流され、皇居2重橋前の風景)


「・朕ハ時運ノ趨ク所堪へ難キヲ堪へ忍ヒ難キヲ忍ヒ以テ万世ノ為ニ太平ヲ開カムト欲ス」


訳すると
「けれども私は、時の運にも導かれ、耐えられないことにも耐え、我慢できないことにも我慢し、今後の未来のために平和への道を開いていきたい。」となるらしい。



アメリカとイギリスに宣戦布告した理由も、
日本の自立と東アジアの安定を願うからであり、
他国の主権や領土を侵すようなことは、もともと私の思うところではない。


「私はここに国体を守ることができ、忠実な臣民の真心を信じ、常に臣民とともにある」

(何と勝手な言い分でしょう。天皇の保身ばかりの言葉です)


この日を境に
大日本帝国の下
「天皇陛下の臣民として・・」
「天皇陛下の為に・・」と
軍国主義を進めた全ての人が
180度違う事を言い出したのです。

==========================
 
「はだしのゲン」を参考にすると
戦争は駄目だと言い続けた父親は
隣近所からは非国民と差別され、
特高警察に連行される。
戦争に行く事を奨励していた教師は
口をつぐんで何も言わなくなる。

「少年H」では
軍事教練に来ていた軍人は
手のひらを返し、自分の過去に封印をする。
 
『橋の無い川』著者、住井すゑさんが
「わだつみのこえ」のインタビューに
8・15の放送を
「一億心を一にして頑張れという天皇の励ましと
思っていたと」農民活動家にしてである。
(コモンズ №74 尾形憲氏文引用)
 
また、戦地で捕虜になった
経済同友会修身幹事の
品川正治氏は
「『終戦派・敗戦派』で抑留地で意見が分かれた
終戦派は、闘いが終わって良かった
敗戦派は、一回負けただけ、再起して戦う」と

 
人それぞれのとらえ方あるが、
戦後の報道は意図的に「終戦」と言い換えた事は

外務省政務局長の安東義良氏で、かれは終戦という名称の造語について秘話を明かした。

「・・・・・言葉の遊戯ではあるけれど、降伏という代わりに終戦という字を使ってね。あれは僕が考えた。終戦終戦で押通した。降伏といえば軍部をえらく刺激するし、日本国民でも相当反響があるから、事実ごまかそうと思ったんだもん。ごまかすというと語弊があるけど、言葉の伝える印象をね。和らげようというところからね。まあそういうふうに考えた」というのである。
(2012/8/20 World Diary 参照)



「終戦」と「敗戦」 69年目の夏・

で書きましたが、終戦・敗戦論を学問的に検証する力は
私にはありません。

正確には

8月15日は
大日本帝国の責任者
天皇がポツダム宣言受託を宣言した日

9月2日
東京湾 米艦ミズリー号甲板上で
無条件降伏書に署名した日です。

(マスコミも正確に報道しなくてはなりません)


~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

しかし。戦後69年間の間で
日本人自らが、戦争責任について
総括をし、戦争犯罪人を裁いていません。
 
高級官僚・高級軍人も特高警察をも
日本人が自らの手で
裁く事はありませんでした。
 
この結果が、侵略の事実がないとか
従軍慰安婦の存在は認められないとか
歴史を捏造する事が当然のように語られます。

戦争中の加害者は、思考停止状態におかれ
反論反対する事は、自らの生命を亡くす事と
等しい事であったと数少ない人の証言があります。
そして、今なおその苦しみを背負っている人も
まだ沢山の人が存在するという事実を知る必要があります。

~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~
 

GHQにより、
A級戦犯として裁かれた事が、戦勝国の横暴であるという
事が言われます、

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(7名です、多いか少ないか、東急裁判)

このような発言をする人の中で、日本人の手によって
戦争犯罪を裁こうという声は聞こえてきません
その胸の内には、日本は負けたのではなく
正義の戦争をしたのであるという言葉が隠されていると
私は理解しています。
 
その証拠には、
侵略戦争を指導し管理し遂行し国民を総動員し
思想統制をしたファシストが
ゾンビのごとく復活してくる

そしてA級戦犯が釈放され、
総理大臣になり、日米安保の基礎を築いた人物とか
新聞社の社主とし国会議員になり、原発を推進した人物とか
特高警察官僚が、最高裁判事になり
高級軍人が自衛隊の幹部となり
戦争を推進した2世3世が政界に多数存在する事実。
 
このような人物であると解っていながら
許してきた日本人の中にも
「あの、戦争は正しい戦争であった」と
被害を受けたのは「私たち」だけであるという
思いがあるのではないでしょうか。

================

GHQの占領に
「解放軍が来た」と言った
政党がありました
戦前には大弾圧を受けた政党です
(どの政党とはここでは書きません)


この発想のもとには
著者・白井聡氏の
『永続敗戦論』の中で理解できます。
 


「戦前の最高権力者で最高権威者
天皇の意思から
ワシントン(米国)の意思に入れ替わる事で
天皇制は継続される。
日本の天皇制は今や頂点ではなく
ワシントンが日本の意思の頂点にある」
と理解するなら
日本が属国であり続ける意味が
読みとれます。
(私の理解です)



8月6日


8月9日

両日は核実験の実験場として
広島長崎に原爆が投下されました。
1945年は日本全土主要な都市は
ことごとく破壊され多くの人が
殺されました。
逃げる事さえ「非国民」と呼ばれる時代。


安倍総理は
戦争も侵略も反省出来ず、紙の上だけの
「ひどかったですね」という他人事のスピーチすら
使い回しと言う最低の行為を行、非難されましたが
彼には中国侵略を語ることができません
なぜなら、その主たる任務を担っていたのが
A級戦犯で安倍と縁戚の岸だからです。


この事は沖縄にも当てはまります。
沖縄日本返還させたとして
ノーベル平和賞を受賞した
佐藤は沖縄返還に国民を欺き
米軍基地温存、核兵器温存をし
裏金まで出していた事実を今なお隠ぺいしている
これも安倍の縁戚です。
 
米軍・米国に擦り寄らないと
その権力すら持ちえない事を
明確に知らしめています。


しかし
米国は日本の独り立ちは決して許さない
「独り立ち」ひらがなを抜くと
「独立」になりますが
あくまでも、米国の下での
日本であり続けること
その条件整備が
日本版NSCであり
秘密法であり
憲法違反の集団的自衛権行使です。
 
==========================

来年は戦後70年です。

日本人自らの手で
戦争の総括と戦争犯罪を明らかにしなくてはなりません
市井の人間が出来ないと思うかもしれませんが
でいない事はないと思います。
一人ひとりが身近なに起こった当時の出来事を
記録し始める事で、罪なき人を陥れた
法律なり人物が浮かびあがるでしょう

なぜ、被害者になったのか
なぜ、加害者になったのか
なぜ、無差別殺人を受けなくてはならなかったのか

戦争・紛争で一番先に苦しむのは
何の罪もない
普通の市民です

沖縄の辺野古基地新建設
海の埋め立てで市民の反対行動の矢面に
立っているのは、公務員です
それを実行させているのが政治家であり
高級官僚です。


安倍は「英気を養うとゴルフざんまい」
公務員を擁護するつもりはありませんが
この構図は、
戦争の構図と同じと見えます。
戦地で戦わされ
内地で食べ物もなく強制的に労働させられた構図と。

来年戦後70年を機に
自分の力で戦争総括をしていく事が必要と
思います。
みなさんの意見は?
(記録としてのこします

長くなりました)
 

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この記事へのコメント

2014年08月21日 00:28
1978年(昭和53年)10月17日に「昭和殉難者」(国家の犠牲者)として靖国神社に合祀されていた事実は、再び国家神道を盛り上げる意向の現われです。日本保守支配層の今現在の意向です。「万世一系」は『古事記』、『日本書紀』に基づいてますが、『記紀』自体は、日本の一部を支配し、独立国家としての体裁を整えられたので、半島や中国からの侵攻を恐れた支配層に依る作り話です。自国民に作り話を押し付けたり、支配層自身としても精神的支えにしたかったのです。それを積極的に採用したのは伊藤博文であり、ついこの間に天皇が神とされました。戦後も残ってしまった国民の「天皇への緊張感」は江戸時代は全くありませんでした。教育は国家100年の計になります。再び国家神道に連なる教育によって国民が正しく判断できなくなることを阻止したいです。
天皇に税が集まり、権力を持っていた西欧で言う王の歴史はきわめて短いものであり、庶民からの豪族の勝ち組による武家政権が長い歴史です。日本庶民の歴史には、庶民自らが天皇を賞賛した歴史はありません。
2014年08月21日 00:44
正しくない教育が戦争を生み出すという観点から私は戦争を総括しました。

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